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このページに関する事項は、艦船及び模型に関する事項を除いて架空の事項です。


































第十六戦隊の武闘艦


軽巡洋艦『鬼怒』(長良型軽巡洋艦五番艦)艦暦
1922(大正11)年11月10日竣工(川崎重工業神戸造船所)。
1922(大正11)年12月第2艦隊第5戦隊に配属。
1929(昭和4)年12月10日
〜1936(昭和11)年11月30日
第2艦隊第第二水雷戦隊旗艦に就役。
1930(昭和5)年10月〜
1931(昭和6)年11月
呉式二号二型射出機を艦船で初めて搭載。
1934(昭和9)年4月5番主砲と6番主砲の間に呉式二号三型改一射出機を装備、艦載機を水上機1機に変更。
この際に不要となった滑走台跡に保式13mm四連装機銃1基を装備
1934(昭和9)年11月〜
1935(昭和10)年11月
海軍機関学校の練習艦となっていた
1935(昭和10)年11月〜
1936(昭和11)年12月
第2艦隊第2潜水戦隊旗艦就役
1936(昭和11)年12月第1艦隊第8戦隊に編入。
1941(昭和16)年4月連合艦隊附属第4潜水戦隊旗艦に就役
1941(昭和16)年12月マレー作戦に参加、さらに蘭印作戦に加わった。
1942(昭和17)年3月第2南遣艦隊第16戦隊旗艦となり、ニューギニア西部の作戦に従事。
1942(昭和17)年5月呉に帰投し入渠整備を受ける
1943(昭和18)年4月南西方面艦隊に編入され活動
(6月23日)マカッサルでB-24 10機の攻撃により被害を受け損傷
旗艦を球磨に移し、(8月)呉に帰投、修理を実施した。
1944(昭和19)年数度に分けて対空兵装の強化改装実施
1944(昭和19)年10月18日捷一号作戦により栗田艦隊とともにリンガ泊地から出撃
(第16戦隊)途中のブルネイでレイテ島への兵員輸送に従事するため、マニラへ向かう。
(10月23日)敵潜水艦ブリームの雷撃を受けた青葉を曳航しマニラに到着。
1944(昭和19)年10月24日ミンダナオ島ガガヤンから歩兵第41連隊輸送に従事のため、駆逐艦浦波他参加艦船5隻とともにマニラを出航。
(25日16時)ミンダナオ島ガガヤンに到着。(17時30分)出航。
(26日4時)レイテ島オルモックに到着し、兵員を下す。(同日5時)マニラへ向かい出航
1944(昭和19)年10月26日(14時頃)敵軍航空機の攻撃により戦没。
後続の輸送艦により乗員は救助された。
1944(昭和19)年12月20日除籍。
艦隊これくしょんを知るまで、名前も知らなかった艦です。しかしながら、多くの戦隊旗艦の任務を経験したり、後々に5500t軽巡洋艦に搭載される射出機の試験搭載艦となったり、その21年の艦歴は波乱万丈に富んだものでした。つい長く書いてしまいましたが…。


(復刻建造された、現在)
平和祈念艦『鬼怒』
残されていた設計図を基に、対空兵装を強化される前、太平洋開戦時の姿で復刻建造された。復元されたのは外観のみであり、動力は艦本式タービンというものを現に製造できるわけはなく、現行の大型船舶と同様、ディーゼルエンジンを動力源として用いている。また、主砲となる50口径三年式14cm単装砲は放水機能を持って実装されている。

2016(平成28)年5月29日竣工(池之端重工業峰ヶ崎造船所)
2016(平成28)年5月30日峰ヶ崎展示施設にて竣工記念公開を開始
2014(平成26)年11月1日駐泊施設に移動予定。
開艦案内
(ミュージアムシップ)*不定期(通常は展示されていません)
開艦時間AM9:00〜PM5:00(季節などにより変更あり)
休艦日10月26日(特定休艦)
乗艦料大人700円(シニア600円、大学・高校生500円)
中学生350円・小学生以下無料
不定期で近海航行をする機会があり、その際には事前公募を行う。



箱(パッケージ)概観。
製品:タミヤ模型製 JAPANESE LIGHT CLUISER KINU(日本軽巡洋艦鬼怒)
2016(平成28)年5月29日建造



模型の内容。


主砲(50口径三年式14cm単装砲)7門など


艦載機。


艦橋部分。


煙突などの組み込む部品類。


射出機などが取り付けられる後部甲板と艦載機。


船体部分。底の部分が赤い部品になっているところは、素直に有り難い。


底の部品に錘を接着。これにより、完成後の模型が安定する。


船体部分を接着。(接着前に、隠れている形の魚雷を取り付けるのを忘れたのである…)


本格的に『艤装』を開始。手始めに煙突などを取り付ける。


マストなどの大まかな部品の取り付けをほぼ完了。
写真の中心に見える空間に、本来は魚雷を取り付けるのであるが…。


完成。しかしながら、魚雷の接着を忘れたり、主砲の単装砲を1門紛失してしまい、射出機の下にある6番砲塔を省略したり…実に情けない出来になってしまった。


峰ヶ崎での受け入れ準備。大淀が移動。


峰ヶ崎に到着。16戦隊の僚艦でもあった『青葉』と並ぶ。
史実上の鬼怒は、既に対空兵装を強化されていたため、この並びではなかったのだろうが…


1944年10月24日のマニラ、大破して航行不能状態の青葉から16戦隊旗艦の任を継ぎ、兵員輸送に出航…
それから70年余り、16戦隊時代に苦楽を共にした『相棒』である2隻が再び並んだのであった。
(両隣…鬼怒の左隣は榛名、青葉の右隣は伊勢)

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